見積を出すとき、まず相場を調べる。
これは自然な行動だ。
- 高すぎないか
- 安すぎないか
- 変なことを言っていないか
不安になればなるほど、相場を見に行く。
しかし結論から言うと、相場を基準にしている限り、クリエイターは楽にならない。
これは精神論ではない。
構造の話である。
相場を気にするほど、不安は消えない
相場は安心材料に見えて、判断を鈍らせる
相場を見ると、
一瞬だけ安心する。
「これくらいなら大丈夫そうだ」
そう思えるからだ。
しかし次の瞬間、別の不安が出てくる。
- もっと安い人がいる
- もっと高い人もいる
- 自分はどこに合わせるべきか
相場は、
不安を消すどころか、判断を鈍らせる材料になる。
相場を見ても「自分の答え」は出ない
相場というのは、
誰かの条件の集合体だ。
- 作業内容
- 責任の重さ
- 修正の範囲
- 立場
これらはすべて違う。
にもかかわらず、
同じ土俵で比べようとする。
ここに無理があるやな。
相場基準の見積が楽にならない理由① 下がる方向にしか働かない
高い相場より、安い相場が目に入る
人は不安になると、
リスク情報を優先して拾う。
- 安い価格
- 低い条件
- 断られにくそうなライン
結果として、
相場の中でも一番下を基準にしがちだ。
「この金額でやっている人がいる」が武器になる
相場を基準にすると、
それはそのまま交渉材料になる。
- 「もっと安くやっている人がいる」
- 「相場的にはこのくらい」
この言葉は、
自分で自分の首を絞める材料になる。
相場基準の見積が楽にならない理由② 相場は「誰かの都合」でできている
相場は実務の平均ではない
相場は、
実務のリアルな平均ではない。
- 条件が曖昧
- 責任が不明
- 時間が見えていない
数字だけが独り歩きしている。
そこに自分を当てはめても、
楽になるわけがない。
相場は強い側が作る
相場を作っているのは、
多くの場合、強い側だ。
- 発注側
- 規模の大きい会社
- 数を回せる人
その前提でできた数字を、
個人がそのまま使うのは無理がある。
相場を基準にすると、仕事の選別ができなくなる
全部「似た仕事」に見えてくる
相場基準になると、
- どれも同じくらい
- どれも似た条件
に見えてくる。
結果として、
仕事の違いが見えなくなる。
忙しさだけが残る
判断軸がないまま仕事を受けると、
- 忙しい
- でも金は増えない
- 余裕も生まれない
⑤で書いた
「忙しいのに金が残らない構造」
にそのまま入っていく。
それでも相場を見てしまう理由
間違えたくないからだ
相場を見る理由はシンプルだ。
- 失敗したくない
- 否定されたくない
- 変だと思われたくない
つまり、
判断を外に預けたいという心理である。
自分基準を持っていないからだ
基準が自分の中にないと、
毎回外を見に行くしかない。
相場は、
判断を先延ばしにするための
便利な言い訳になる。
相場の代わりに持つべき基準
自分の時間と責任を基準にする
見るべきは相場ではない。
- どれくらい時間が取られるか
- どれくらい責任を背負うか
この2点だ。
これを無視して、楽になることはない。
「この条件なら受ける」を決めておく
毎回悩むから、相場に逃げる。
あらかじめ、
- この金額
- この条件
- この責任
なら受ける、という基準を決めておく。
それだけで判断はかなり楽になる。
相場を捨てると、逆に判断が楽になる
高い・安いではなく、合う・合わない
相場を捨てると、
- 高いか安いか
ではなく - 今の自分に合うかどうか
で判断できるようになる。
この切り替えは大きい。
断る理由が明確になる
基準があると、
断るときも感情論にならない。
- 条件が合わない
- 今は受けられない
それだけの話になる。
関係が壊れにくくなるのも利点だ。
まとめ:相場は参考、基準は自分である
- 相場を見るな、という話ではない
- 相場に従うな、という話だ
- 基準を持てば、判断は楽になる
相場を手放したとき、
ようやく仕事は「選べるもの」になるんやな~。
※補足
この記事では
「相場を基準にすると楽にならない理由」を、構造として整理した。
ブログでは構造を、
noteでは判断基準をまとめています。
実務でそのまま使うための整理なので、
必要な人だけ、参考にしてください。
▶︎ noteはこちら
—— 銭ナッツ


